ひろさんの日々 blog

躁鬱病や、好きな音楽等雑日記です。

休職二ヶ月目

今日は。

今回は、前回書いた生活パターン(下記)の続きについて、書いて行きます。


〇朝、強制起床
〇子供達を送り出す
〇9時頃、眠くなる→寝る
〇2時頃起きる
〇4時頃眠くなる→寝る
〇5~6時起きる
〇7時晩飯作る
〇深夜までネットまたはゲームをして過ごす。
※その時々で寝る時間帯はバラバラ。

 

休みも、二ヶ月に入って来ると、上記のようなスタイルが確立され、

 

そのパターンの繰り返しでした。まぁ、ある意味安定してるちゃ、安定してますけどね。(笑)

 

飯は昼、夜、取るので、必然的に太ってきます。で、運動は、しないと。

 

負のスパイラスですね。散歩やジョギング等はしたくなかったので、外出時は

 

買い物だけ。

という日々でした。最悪、数日外出しない日もありました。

 

ホント、「引きこもり」ですね。

 

人と接したくなかったのです。めんどくさい。

 

買い物中でも、商業店舗等で、気分が悪くなることもありました。

※人が沢山いる時など。

 

こんな長期間、(約二ヶ月)仕事をしなかったのは、初めてでしたので

 

「堕落してしまった」と、正直思いました。

本当は、生活リズムを崩さず、仕事に行っている状況と同じように過ごしたほうが

 

いいのでしょうが。

 

悪く言えば、休日の過ごし方が分からなかったのでしょう。2~3日の休暇であれば

 

ゴロゴロしていても、問題なかったのかもしれません。

 

その時は、漠然と、「三ヶ月後には治るという思いがありました。

 

なぜなら、職場の規定で、「発病休暇から90日間は、療養休暇」と

 

あったからです。

 

「ふむふむ、療養は90日間なのか」? 「では、90日目安で治るのかな」?

 

と、勝手に思っていたのです。

 

自分の状態を無視して、規定に当てはめて判断したわけです。今考えれば、逆なのですが。

 

「90日間が療養休暇」なので、90日で治る。的な。

 

規定に書いてある、「90日をすぎての休みは、休職あつかいとする」を

 

ちゃんと、見ていませんでした。

 

つまり、

①休み開始日→90日間(土日祝祭日含む)は療養休暇。

 この間、月給、ボーナス等は満額支給あり。

 

②90日以降、休むと「休職」扱い。90日を含め1年間。

 休職は、月給2割カット、8割支給。ボーナス、休んだ期間に応じカット。

 

③1年後、さらに休む場合は、同じく「休職」扱い。

 身分保障はあるが、月給は全額カット。つまり無給。(まぁ、当たり前ですね)

 しかし、共済組合保険が適用されるので、申請すれば、約10万円の手当が

 受給できる。期間は、1年6ヶ月間のみ。

 

④休職2年6ヶ月後、収入は「0」になります。

 身分は保証。

 

⑤休職3年目(④から半年後)、失職(退職)となります。

 

ということですが、全国各自治体により、違うところがあると思います。

 

ちなみに、復職した場合、復職して6ヶ月間勤務しないと、正式な復職と

認められません。

 

出勤期間が、6ヶ月未満の場合は、休職Aと、休職Bとは

引き続く休職とみなされます。

 

休職A--------↓--------休職B

   6ヶ月未満

 

なので、復職した場合、最低でも半年間は休まず(有給休暇とかはOK)出勤しなくてはなりません。

 

そうすれば、休職カウントがリセットされて、7ヶ月目に休職しても、

上記図の、①からスタートするわけです。

 

この制度を、知ったのは後のことであり、当時は分かりませんでした。

 

なので、私は3ヶ月後の復職を勝手に、目指していたワケです。

自分の体調は無視して。

 

「給料が減る」そればっかり考えてましたね。

 

皆さんもそう思いませんか?、3ヶ月も休めば大丈夫だろう。的な。

 

当時の自分は、そう思っていましたね。(笑)

 

 

 

次回は、3ヶ月目について書きたいと思います。

一応復帰は、したのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

BLACK MUSIC

今日は。

今回は、好きな音楽(曲)について、少し書きます。

興味のない方は、ごめんなさい。

 

私は、ブラックミュージックが大好きです。HIPHOPやR&Bなど。

若い頃、米軍基地の近くにある、クラブでDJとして働いていました。

客の9割が黒人、という環境。

 

スタッフは全員日本人。正し、用心棒(セキュリティー)として3名の黒人(基地勤務)をバイトで雇っていました。

 

たまに、喧嘩とかあるので。

 

客層が、ほぼ全員米兵なので、荒い雰囲気です。キャパは200人位はいる規模

だったので、週末は、2~300人は入ります。

客は黒人の米兵、それを目当てにくる日本人女性(いわゆるグルーピー

日本人の男性なんて、スタッフ以外居ないというカオスな状態。

 

客の米兵は、本国(米国)では、ならず者(ギャング)だったり、職がなく兵役に

ついたり、犯罪者で減刑の条件で兵役についている者、等色々でした。

 

階級も低層が多く、(将校クラスは基地の中に将校クラブがあり、そこにいっていた

みたいです)ならず者の集まり、っていう感じでした。

陸軍、海軍、海兵隊等。(空軍はほぼ居なかった)など。

 

ただ、かかる曲は、本国とほぼ同じ。最新曲も定番曲もガッツリかかっていました。

先輩DJ(日本人)の選曲とテクニックで、本場の黒人達の支持を得ていたのです。

 

2~300人の黒人兵を踊らすのって、かなり快感ですよ。ヤバい。

コンサートするときの、歌手の気持ちが分かるようです。

自分の選曲で、メッチャ盛り上がるのですよ。最高です。

日本人DJが、黒人客を盛り上げる、それだけで鳥肌モンでした。

いい選曲した時は、素直に称賛が飛んでくるし、「グッドDJ」っていわれる。

 

勿論、変な選曲すれば、一気にダンスフロアは誰もいなくなるし、DJブースに、

物が飛んでくる、ヤジ、ブーイングは当たり前、終いにゃ、トイレで囲まれてナイフ突き付けられて、「ダッセー選曲してんじゃねーよ」って、すごまれる。

ということが、よくありました。

 

今考えれば、あり得ないことですよね。(笑)

 

でも、仲良くなった米兵から、色々、学ぶことも多かったです。

アメリカの文化、英会話(スラングばっか)、黒人文化、コミュニテイー、等。

学校じゃ教えてもらえないことばかりでした。貴重な体験です。

 

米兵の中には、「今日、カルフォルニアの基地から異動で来た」とか

「俺は、どこそこの基地から来た」いうヤツが結構いて、現地の最新曲、など最新情報を聞けたりできるのが、一番良かったです。

 

ネットのない時代、貴重な情報でした。

 

とまぁ今回は、こんな感じで書いてみました。時間があればまた書きたいと思います。

 

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当時、流行っていた「HI-FIVE」のレコードです。

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同じく、EPMD のレコードです。

 

 

 

 

 

ニート

こんにちは。

 

 早速ですが、続きを書いていきます。

 初めて、「心療内科」を訪れ、処方された薬は3種類。

 うつ症状を和らげる薬、興奮を和らげ、落ち着かせる効果のある薬、蕁麻疹の症状を抑える薬、等です。

 

 初診では、「躁鬱状態と判断されました。しかし、投薬や、状況観察をしながら

いきましょう。ということでした。

 

 診察は、月1回で、毎月末に通院することになりました。

 

 「休職」1週間目、仕事のことが頭から離れず、勝手に心配していました。

 「仕事は大丈夫か?」、「あの案件は、私でないとできないはずだが?」、「迷惑をかけていないか?」

 と妄想していました。(笑)

 

 最初のころは、おちおち休んでも居られない。という感じでした。

 しかし、仕事は自分が居なくても、まわるものです。(笑)

 

 そのせいか、「やはり、自分は居なくてもよい存在なのだ」と自問自答して

しまします。

 

 違うのですがね。

 

人として不必要な人間は、この世の中、一人もいません。

 

 ただ、躁鬱の時は、そういう判断ができません。すべてネガティブな方向に向かって

しまいます。

 

 其のうち、生活パターンも乱れてきました。朝、起きらえれなくなってきたのです。

 

 例えば、これまで朝6時30分起床していたのが、起きてはいるのですが、身体が

動かない。ベットから抜け出せない。

 

 そのまま、午前9時位までグダグダとしている。それから、やっと起き始める。

 トイレに行くのも、おっくうになる。

 風呂に入るのの、おっくうになる。

 

 ただ、食欲だけはありました。飯食ってまた、ベットで横になる。

 

 ちょっと体調がいいときは、PCに向かいネット等を見たり。その繰り返しでしたね

 

 不思議なことに、自分の場合、午後4時位になると必ず「眠気」がでました。

急に、あくびが出始め、目も開けていられないほどの眠気でした。

 

 耐えられず、ベットに潜り込みます。そして大体1~2時間ほどで目が覚めます。

 

 その後は、目が冴えて、深夜まで起きたりする。というのを繰り返していたような感じです。

 

 この生活パターンに「休職」2週目で入ってしまいました。

 

 はじめは、特に気にしなかったのですが、子供達から、「ニート」みたい。と

言われ、愕然としました。

※子供達にも、この症状を話し、休職について話し、理解を得たと思ってました。

 

 「これはマズい」内心焦りました。もちろん、子供達も笑いながらジョークで言って

いたようなのですが、当の本人は、たまったもんじゃありません。

 

 「生活パターンを直さなければ」。「子供達のいる時は、しっかりとした父親を

見せなば」と思いました。

 

 しかし、自分に意思と関係ないく、身体は言うことを聞きません。

「じゃ、せめて朝だけは強制的に起きよう」と思い、目覚まし時計6個準備。

 

 一個ずつ、ベットから遠くにおいて設置するという、アナログ戦法で勝負。

 

 その結果、手間はかかったものの、ベットから抜け出るのは大成功。

 

 朝、起きられることに成功しました。

 

 しかし、子供達を送り出したあと、しばらくしてガスが切れた車のように、また、ベットの中へ。

 

 眠気がすごいんですよねー。耐えられませんでした。

 

 なので、根本的な解決にはなってないです。

 しかし、朝は、少しの時間だけ起きていられます。

 

 このサイクルを繰り返すようになってきました。

 

サイクルパターン

〇朝、強制起床

〇子供達を送り出す

〇9時頃、眠くなる→寝る

〇2時頃起きる

〇4時頃眠くなる→寝る

〇5~6時起きる

〇7時晩飯作る

〇深夜までネットまたはゲームをして過ごす。

※その時々で時間はばらばら。

当初は上記のような生活パターンでした。

 

次回は、その後ついて書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院待合室

今日は。

早速いきませう。

心療内科的な場所は、初めてでした。

総合病院でしたので、受付で「心療内科」受診と言うのも抵抗が

あったと、記憶しています。

 

当時は、躁鬱病に対する知識もなく、少し偏見みたいのが正直ありました。

鬱病はヤバい病気だ。と。

 

「自分は、まともだ。少し疲れているだけだ」と。

 

実際、診察待合室では、想像どおりの方々(失礼な表現ですが)が

沢山いらっしゃったのです。

 

「独り言」、「落ち着きがなく小刻みに体を揺らしている」、「目が死んでいる」

「虚空を見つめている」等。※最初インパクト強すぎでした。

 

正直、「ヤバい、自分はこんな連中と一緒なのか?」※失礼な表現をお詫びします。

と、思いました。

 

しかし、帰る訳にもいかずとりあえず受診してさっさと帰ろう。ぐらいにしか

考えませんでした。

今考えると、本当に申し訳ないと思っています。

自分の無知さを思い知らされました。

 

さて、自分が呼ばれ診察室へ。

 

初診ということで、経歴等を説明。そして、現在、こういう症状がでている。

少し体調がおかしい、などを話したと思います。

※正直、当時の記憶があまりないのです。なぜか。

 

話を聞いた担当医は、「うつ」ですね。と。

 

はあ?

wats fuckin talking  about you?(スペルあっている?)でした。(笑)

 

しかし、担当医は「うつ症状です」と冷静に話しました。

 

すんなり、「ああ、そうですか」とはならず、頭が混乱していたと思います。

 

自分は絶対「そういう病気には、ならない」という変なプライドがあったのです。

しかし、自覚症状は出ている。頭と、体がバラバラになった気がします。

 

でも、医師がそう言うのだから、そうなのだろう。と

 

自分としては、この体調不良を治して欲しいので、心の隅では「違う、うつではない

と思いつつ、医師の言うことを聞き、投薬も受け入れました。

 

「まあ、服薬すれば治るのだろう」と、風邪にかかったような軽い考えでした。

 

結果、違ったのですが。(笑)

 

続きはまた次回ということで。では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

経歴①

そうコンバンワ。ひろです。

 

 さて、まずは経歴について書きましょうかね。

 

 若い頃(20代)は、人とのコミニケーションが好きで、民間企業で営業マンとしてフツーに勤務していました。

 

 20代で結婚し、30代で地元にUターン。

 

 それから、公務員試験を受け、採用されました。

 営業時代と違い、8時30分始業~17時に業務終了(当時)に、戸惑った記憶があります。

 営業時代は、24時帰宅は当たり前、でしたから。(今考えればブラックでしたね)

 

 さて、次は、採用からの勤務部署です。

 

  1.  「市民部局」勤務。
  2.  「教育委員会」(学校関係ですね) 
  3.  「都市建設部局」勤務
  4.  「総務部局」勤務
  5.  「水産農林部局」勤務

 現在は、上記⑤番目の「水産農林」関係の課で勤務しています。

 

 ④の「総務部局」時代、とある課での業務で心が折れました。

 窓口業務があるのですが、来訪者は、「ブローカー」、「チンピラ」、「やくざ」、「弁護士」、「議員」等、特殊な方々でした。(笑)

 

 当時の上司とも、そりが合わず中間管理職の私は、一人で業務をすべて抱えてしまい

 パンクしてしまったのです。

 

 誰にも相談できず、業務を処理出来ないのは、全て「自分が無能のせい」と、

 思うようになり、毎日、自分を責めていました。

 その内、起床した瞬間、気分が悪くなりベットから起きれなくなる。

 体を動かすのがおっくうになり、トイレに行くのも、風呂に入るのも困難。

 仕事のことを考えると、頭痛・吐き気等の発生。

 意味もなく、切なくなる、自分はこの世の(職場等)に必要ない人間だと、

 思うようになる。等。

 

 無理して、職場に行っても、デスクの前にいられない座って居るだけで気分が悪くなり人の話していることが理解できなくなる

(理解しようとしても、頭が真っ白になる)

 

 など、体調に変調が出始めました。

 

 たまたま、知人にそのことを話したら、「うつ」の可能性がある。と言われ、

 

 その後、ネットや雑誌等で情報を探し、健康チェック表等などでセルフチェック

 した結果、「躁鬱」の可能性大。との結果。

 

 当初、自分に起こっていることが理解出来ず戸惑いました。

 

 そして、半信半疑で病院を受診。

 

 見事、躁鬱病と診断されました。

 

 そこから、苦悩の日々が始まるのですが、今回はここまで。

 次回にまた、書いて行きます。(書ける気力があればですが)

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 

 

 

 

 
                                                                                
  
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中年?がハマるBABYMETAL

BABYMETALとは編集

 元DJ、しかもバリバリのHIPHOPDJで、「ブラックミュージック以外認めん!」と

思っていた男が、ハマるとは。

 

 ROCK(特ギターの音)が大嫌いで、ファッキンノイズとしか思っていなかった。

偶々、ツ〇ヤでBGMとして流れていた「ギミチョコ」。

 

 最初は、「うるさくて変な曲」と思いつつ、キャッチーなサビのフレーズが

頭に残った。

 

 何か気になり、YOUチューブ検索。(笑)

 

「ギミチョコ」のPV、海外FESのファンカメラ映像等を観た。

 

 ナニコレ?

 混乱した。ヘビーなサウンドでキャッチーなメロディー、可愛い(笑)3人組。

ROCK同様、アイドル等は1ミリも興味はなかった。、、、、、ハズであった。

 

 しかし、何とも言えない「情熱」を感じた。

こんなライヴ、アーチストは初めてだった。

(個人的には、2PACやDR・DRE、MCエイト等が好きであった。古いね~)

 

 ライヴ映像を見れば見るほど、彼女たち(神バンド)の世界に引き込まれていった。

結果、SUさんの素晴らしいヴォーカル、ゆいもあのキュート(しかし、重要な)な立ち位置、

神バンドの完璧な演奏。

 すべてが、アメージングである。

 

 気がつけば、ファンになっていた。私の感覚では、アイドルではなく、1アーティストとして、気に入ってしまった。

 残念ながら、ゆいメタルは脱退してしまい2組となってしまったが、あのエナジー

落ちることなく、彼女達を包み込み、押し出してゆくことだろう。

 

 知らない方は、一度PV、FES等の映像を観ることをお奨めする。

躁鬱病である自分でも、気が紛れたぞ。(笑) その時だけは、少し安定した気分になった。

 

 世間的にいう、ベビメタマニアではないが、「エナジー」とやらは、多少頂いた気がする。

 

 

 

 

 

 

こんにちは。初めまして!

 

今日は。初めまして。「ひろ」と言います。

本日より、当ブログを始めようと思います。宜しくお願い致します。

まあ、誰にも読まれないと思いますので、ほぼ自分への記録としていきたいと思っています。

 

今更、ブログ、しかもPC的「初心者」の私ですが書きたいことは、

それなりにあるので 気長に書いていきたいと思います。

 

まず記念すべき?最初のテーマ。

ズバリ!双極性障害です。

まあ、いわゆる「躁鬱」ですね。で結論から言うと、今の私がそうなのです。(笑)

次回より、現在進行形である「躁鬱病」について、体験談的に

書いて行こうと思っています。

なんせ、ボキャブラリーが貧困ですので拙い文章になると思いますが、

自己満足的に行きたいと思います。

では、今回はこの辺で。